『虹色ゴシップ』専属プロモーション補佐係。それが僕と月香に任された仕事だった。
それは一体どこの学校の何を世話する生き物係だろうと思わないこともなかった。そもそも『虹色ゴシップ』ってなんだ!?ってところから始まり、デビュー前のアイドルグループのことだと聞かされる。しかもメンバーには、僕の隣のクラスの陽川遥華に、僕と同じクラスの月夜野楓もいるんだとか。あとひとりは現在新人声優として絶賛売出し中の緑川碧海がいて、つまりは女子高生三人組のアイドルユニットらしい。
どうしてこんなことにとも思いつつ、スタジオでダンスレッスンをする三人を眺めながら、この後始まる『虹色ゴシップをどう売り出すか?』という議題について考えていた。
「ふふっ。なんだかみんな楽しそうだね〜」
だけど僕の隣で同じ視線で観察しているはずの月香の小言に、僕は少しだけ違和感を持ったんだ。
「……なぁ。月香はあのグループの中に加わって、一緒に踊りたいとか思わないのか?」
「え、なんで?」
なんで?と来たか。予想とは少しばかり違う反応で、僕はやや躊躇する。いつもなら『もちろんやってみたい』とか『めんどくさからやだ』とか、素直で率直な反応がまず第一にやってくると思っていたから。
「あの三人の中に月香がいても、お前なら埋もれることなくやっていけそうな気がしたから」
「絶対嫌っ。私にアイドルなんてできっこないよ」
……いやさすがにそこまで強い否定が来るとも思ってなかったけど。
「絶対ってことないだろ。月香だって、芸能界にいてもおかしくない程度には可愛いと思うし」
「え、なにそれ。私に告白?」
「全然そうは言ってないんだが!?」
「ふふっ。……そうじゃなくってね、私にアイドルは天と地がひっくり返っても無理だもん」
なぜかその口調は、アイドル以外だったら何でもできるみたいに聞こえなくもなかった。月香の場合、それが何故か考え過ぎとも思えないのが本当に恐ろしいところだけど。
「人を愛せない人が、人から愛されるはずないって」
だけど人に聞かせる気がない程度の小さな声で、確かにそんなことを言った気がしたんだ。
一体誰のことを言っているのか、少し考えてみても何とも結びつかなかったわけで。
結局二時間ほどのダンスレッスンが続き、ようやく今後の『虹色ゴシップ』プロモーションについて議論が始まった。ぶっ続けのダンスの直後でもあり三人の体力には恐ろしいと感じつつ、だが当然の如く女子高生四人と男子高生が二人が一つのテーブルに集ったところで、議論はもはや雑談にしかならないのだ。
「ちょっと! さっきから全然話進んでないじゃない!?」
と一人鼻息荒くしてるのは、『虹色ゴシップ』リーダー兼、芸能事務所社長の一人娘である陽川だ。
「残念ね。デビュー曲なんて曲だけあって詞がない状態だし、まだ何も歌うことはできないわ」
「だよねー。どうせ今できることなんて限られてるんだし、気長にやればいいじゃんないかな。それより昨日、瑠海ちゃんが出てたドラマ観た? あの子高校生になってからさらに可愛くなってない?」
そして雑談ムードにさせてる犯人といえば、主に星乃宮と緑川だ。というよりこの二人、根本的にあまりやる気がなさそうに見えるのは気のせいだろうか。何か事情があってアイドルを始めようとしていて、それさえなければ、陽川が一人でアイドルを始めてたかもしれない。そんな雰囲気にも見えてしまう。
プロモーション以前に、このグループ本当に大丈夫なのか?
「ねぇ。瑠海ちゃんってひょっとして、春日さんのこと?」
「あ、ああ。それしかいないだろ。うちらと同世代であれだけドラマに出まくってるし」
月香は小さな声で僕にそう尋ねてきた。そんなの当たり前すぎるだろってほど、僕らと同じ年の春日瑠海という女優は小さい頃からテレビによく出ていて、国民的子役なんて言われ方もしてるくらいだ。
「あの子、本当に人気者になったよね。昔は結構やんちゃな子だったのになぁ」
「あの子って……お前、あの春日瑠海とどこかで会ったことあるのか?」
「昔のことだよ。ずーっと昔のこと」
「それって、学校のクラスメイトだったとか?」
「うん、まぁそんなとこかな」
昔のことと月香はそう答えるけど、その視線はどこか遠い彼方にあった。まるで違う世界に閉じこもってしまうんじゃないかと思えるほどに、月香は虚ろな顔をしている。……いや、そんな月香へ何故か無言の圧を送り続けている星乃宮の顔も、まじで怖いんだけどな。
「あ、そうだ。プロモーションって、動画チャンネルをつくるなんてどうかな?」
「動画チャンネル?」
ふと何か思い出したかのようにそう提案したのは、あっちの世界から帰還したばかりの月香だった。
「うん。春日さんとね、二人で動画撮ったら結構面白いものができそうだねって、話したことあるんだ」
って、お前それ以前に春日瑠海と一体どういう関係だったんだ!? 相手は国民的子役とも言われてる女子高生だぞ。
「言われてみるとそうね。碧ちゃんも声優業の傍ら動画つくってサイトへ投稿してるし、そっちの動画から人を呼び込むことができれば私達の知名度だって上げられるわ」
「月夜野さんの動画チャンネルも有名でしょ。テセラムーンのチャンネルから導線を引いてくれば、容易にアクセス数も増えるんじゃないかな?」
「そっか。わたしだけじゃなくて月夜野さんもチャンネルあるんだ。すごい、経験者が二人もいるよ!」
「悪いアイデアではないわね。でも今日会ったばかりのはずの貴女に、あたしがテセラムーンであることを暴露した記憶はないのだけど」
「あれ? 言ってなかったっけ??」
少なくとも僕は聞いてない!! 月夜野さんがあのテセラムーンだって!?
テセラムーンといえば、登録者数五十万オーバーの今や話題沸騰中のVTuberだ。チャンネルへアクセスすると線が綺麗な美声が流れ始め、動きが極端に少ない動画の独特な空気感は、観る者を一瞬にして異世界へ連れて行ってしまう力強さがある。僕の周囲のクラスメイトは男女問わず知らない人はいないはずだ。
その正体がまさか自分と同じ学校に通うクラスメイトだったとは。
にしてもなぜ僕だけが今驚いた状態になってるんだ? 月香がなぜそれを知ってたのかという話もそうだけど、月夜野もまるで想定内とでもいうかのように、さほど驚いてないようなのは少し納得がいかない。
「でも動画を作るにしても、何を撮ればいいのかしら? 曲だってまだ未完成なくせに」
「……ねぇ津山さん。さっき春日さんと動画を撮る計画してたって話してたけど、二人で何を撮ろうとしていたの? 春日さんは歌手じゃないはずだし、それならあなたたちは歌じゃなくて……」
陽川の言うとおり、春日瑠海は女優であって歌手ではない。だとしたら月香が撮りたかったものとは?
すると月香は人差し指を口元に添えて考え始め、ほんの一息ついた後、こう答えたんだ。
「普通……」
それはどこか魔法の呪文のようにも聞こえた。ふと出てきた曖昧な言葉を前に、一同は一瞬ぽかんと頭の回転をやめてしまうほどに。
「ふつう?」
「うん。ほら、私と春日さんってどっちも普通じゃないでしょ? だったらごく普通の女の子っぽく、二人でいつも話してる私たちの日常を撮ればよくないって、そんなこと話してたんだ」
そう言われて、国民的子役として有名な春日瑠海の私生活を想像してみる。テレビで観る彼女は、ドラマ番組でこそ無敵のオーラを誇っているものの、さっき月香の言ったとおりやんちゃそうな印象も確かにあった。そんな彼女だって、僕らと同じようにどこかの学校へ通っている。そこに違和感なんてあるはずないのに、まるで異世界の話のように思えてしまう。だけど今この場所にあのテセラムーンがいて、僕らと同じ学校へ通ってるわけで、それは普通であって、普通じゃない話かもしれないんだよな。
だけどむしろ月香が普通じゃないと一応自覚してるのだと知り、思わず安心してしまったのは僕だけか?
「ふふっ。貴女たちらしいわね。いいんじゃないかしら。それならあたしも協力するわ」
「いやむしろわたしたち同じグループなんだから協力してもらわないと困るんだけど」
「あ、碧ちゃんが珍しくまともなこと言ってる」
「わたしはいつもまともだよ〜!!」
こんな具合にどうやら話はまとまったようだ。策は完全に月香の発案だったけど、それはそれ。今どきのアイドルグループが動画サイトの公式チャンネルをつくるなんて何も珍しい話でもないし、誰一人反対する人はいなかった。
にしてもこのグループ、いろいろ普通じゃないと思ってしまったのは本当に僕だけなのだろうか?