おすすめ ★★★★☆
【内容紹介】
からだは傷みを忘れない――たとえ肌がなめらかさを取り戻そうとも。
「傷」をめぐる10の物語を通して「癒える」とは何かを問いかける、切々とした疼きとふくよかな余韻に満ちた短編小説集。
【感想】
傷を負う、その痛みを知る経験は少なからず誰にでもあると思う。わたしも傷痕はあります。その傷がネガティブに心に残るものではなく、傷にまつわる温かい思い出が心に刻まれ、体の一部として今でも存在しています。この主人公たちのように傷を肯定的に受け止め、救われ、癒されたときに、傷は消化されていくんだと思いました。
「慈雨」というお話の中で胸がじんわりとした一文。
「自分が忘れてしまった傷を覚えている人がいる。そんな安心感がこの世にあるのだと、目をとじて雨音に身をゆだねた」娘の怪我に動転し、責任を感じてしまった父の後悔。傷つけた人が痛める心の傷。わたしの傷にも似たようなことがあります。2歳のわたしに怪我に慌てた小学生だった兄が慌てて抱っこして病院まで走っていったという思い出は大人になっても兄の心にずっと残るものだったそうです。誰かの思い出の中に深く刻まれる自分の傷。傷を負った本人よりも心に傷を負わせてしまうこと...とても切ないけど、深い優しさを感じ、わたしの心に温かく残っています。
傷に想いを馳せながら描く千早さんの心情が知りたい(この本のトークイベントに申込む予定がのんびりしていて期限が過ぎるという失態。残念)。。タイトルと表紙の印象よりもとても柔らかく、傷痕は乗り越えた証と前向きになる物語でした。